難病と教化親の出会い御助行で検査結果良好


                           遠妙寺所属 高山雄太

 

 私が初めて御宝前とお出会いしたのは、母が御本尊を奉安したとき、当時小学校の低学年であったと記憶しています。(熊本T寺)

 高校受験のときにはそれなりにお参りさせて頂いたのですが、無事合格すればその回数も減り、もともと根付いてないご信心の芽が枯れていくのもそう時間のかかるものではありませんでした。

 その後十年も謗法生活をやって参りました。しかしその転機となったのはベーチェット病という難病にかかったことです。

 この病気はあまり解明しておらず治療の際、薬の量を気をつけないと失明する可能性もあるといわれ一時はどうしようかと不安でたまりませんでした。

 まさにそのとき御法さまが再び手を差し延べて下さったのです。教化親のKさんがお見舞いにきて下さいました。(それまで熊本を離れて八年ほど経っていましたがほとんどご信心から遠ざかっていました。)

 Kさんは妹のFさんも一緒に遠い所を何度もお見舞い通ってくださり、ご利益を頂いた体験談を聞かせてくださったり、お供水さんを持ってきてくださいました。次第にその姿に心を打たれ早く退院してお寺参詣させて頂きたいと思うようになりました。

 その後、S御講師や青年会の方々も駆けつけてくださいました。

 S御講師はご自分の懐中御本尊を置いて行って下さいました。それからというもの驚くほどに順調に回復に向かって行き、先生からは「高山さんは強運の持ち主ですね」と言われたほどでした。

 三ケ月の入院を経て無事退院することができ、尊前のお給仕までもさせて頂くことが出来ました。しかしご奉公を始めて十日ほどしか経っていないのにまた再発してしまいました。
 
 こんなことでは仕事も出来ないし、一人で東京にいたってやって行けないと思い田舎の両親に連絡して、熊本へ帰る手はずを整えていました。

 そんな中、青年会の方がお助行に駆けつけて下さいました。毎日仕事が終わってから一生懸命私のために御看経を上げてくださる皆さんに激しく心を打たれました。

 あっさり熊本へ帰ってしまおうなんて、病気から逃げることしか考えていない自分に気がつき後悔しました。

 その後一日一万遍口唱とお供水2~3リットルのお供水を頂いていましたがなかなか良い検査結果が出ませんでした。

 そこで自ら青年会のお助行をお願いしました。その結果お助行を頂いた次の日の血液検査で嘘のように数値が下がっていました。お助行の現証利益がこんなにも急に現れるとは思っていなかったのでこれにはびっくりしました。

 現在では、薬の副作用もなくなり、仕事やご奉公に支障なくすごさせて頂いております。薬の量も徐々に少なくなり、当初の四分の一の量になりました。この薬が必要無くなった時が完治となります。そうなることを信じてこれからもご信心ご奉公に精進させていただきたいと思います。