教化したからこそお知らせが~お懺悔の功徳で手術無事成功~
 
                           遠妙寺所属 小野章子

 

◆◆お供水を頼みに◆◆
 昨年三月、かねてよりお教化したいと思っていた私より一つだけ年上の伯母・小嶋から電話がありました。夜遅く、暗い声で、「白血病になってしまったの。神様に祈ってほしい」と入院先の病院からでした。本当に驚きました。以前、お寺に一度、また、わが家のお講にも一度お参りしたことがありましたので、「懐中御本尊をお受けして、人に頼むのではなく自分自身で御法様に心からのお願いをしなければいけませんよ」と話しました。私としても、『何としても助けていただきたい』、『何とか良くなってほしい』という思いで、お供水を定期的に届けることにしました。
個室のベッドの上で御本尊に向かい、お題目をお唱えしながら喜んでお供水をいただくと熱が出てもすぐに下がります。そのお供水のありがたさに、私は『完治する日まで届けるようにしよう』と心に誓いました。
 六月に入って、今度は、主人の兄嫁・小野が乳がんとの診断を受け、手術もできないような状態であるとの連絡が入り、長野や山梨の兄弟たちと一緒に見舞いました。私は、『何とか御法様に助けていただきたい』、『お供水をいただいてほしい』との思いで、病院へお供水を届けました。その折、懐中御本尊をいただくことを奨め、その後拝受いたしました。小嶋と同じく、喜んでお供水をいただき、高い熱が続くこともなく良い状態で病気と闘っておりました。

◆◆思わぬ健診結果◆◆
 私が風邪をこじらせ、近くの医院でアレルギー性の気管支喘息【ぜんそく】と診断され、二晩眠れぬほどの苦しい思いをしたのは九月のことでした。近くの医院から埼玉医大病院に移って治療を続けていました。十二月に入って、たまたま診療が早く終わったこともあり、自覚症状はなかったのですが念のためにと思い乳ガンの健診を受けました。その場で「乳ガンですね」と診断された私は『やはりそうだったのか』と、何故か冷静に受け止めていました。一週間おきに三回の検査を受け、年が明けて一月に手術と決まりました。
 日頃から伯母と兄嫁に『心から信じてお願いすれば必ず良くなるから、御法様にお任せしてね』と力づけていたこの私が同じ病気であることを二人が知ったら、どう思うのだろうかと戸惑いました。
 お講師からは、私自身の罪障の深さ、業の深さ、そしてお懺悔の大切さとともに、「お祖師様も病気になられたのです」、「二人には早く話したほうがよい」とのお折伏をいただき、これまでのご不敬を深く反省し、心の謗法をはじめたくさんの謗法を御導師に懺悔言上していただきました。二人にも手術のことを話し、「今度は私のために祈ってね」とすんなり話すことができました。
 一方、手術を簡単なものと考えていた私は、「手術にあたり、気管支喘息の発作が起きる可能性が大で、手術開始後も中止をすることもあります」、また「その後も喘息が悪化することがあることを覚悟するように」との麻酔医の説明を受けて、手術自体が大変なものであることを感じました。

◆◆手術、そして回復に向けて◆◆
 手術当日には、お寺ではその時間に合わせ手術終了まで、御導師をはじめ、お講師方、大勢のご信者のお助行をいただき、無事成功しました。本当にありがたく心より感謝いたしております。手術後の切除部分の検査では、数ケ所から採取したリンパのうちの二ケ所にガン細胞が見つかりました。
身近な者の病気療養や、また埼玉医大病院での喘息の治療がなかったとすれば、検査することもなく、ガンはもっと進行していたに違いありません。本当に不思議に感じるとともに『これこそご利益をいただいたのだ』と、しみじみとありがたさをかみしめております。
 おかげさまで再発防止のための抗ガン剤治療も終え、一時髪は抜けたものの吐き気もなく食欲が落ちることもなく、今月の六ケ月検診の結果では、どこにも異常なしとの診断を受けました。
現在、伯母の方は、二ケ月に一回の五日間入院での抗ガン剤治療が残り六回となり、また当初手術は無理と言われていた兄嫁も、今年四月に無事手術して、現在では三週間に一度の抗がん剤治療も残り二回となりました。
 三人でありがたくお供水をいただきながら、闘病生活をがんばっています。そのお供水は、主人がお寺からそれぞれのもとに運んでくれています。三人揃って一日も早くお礼参詣ができる日を目指して、私自身も信心改良、素直正直のご信心を心がけ、ご弘通のお役に立てる人助けのできるご奉公ができますようにとご祈願している毎日です。
 御導師にはいつも闘病平癒のご祈願をしていただき、誠にありがとうございます。ご信者の皆様にも大変なご心配をおかけしたことを申し訳なく思うとともに、本当にありがたく思っています。今後ともご指導下さいますようお願い申し上げます。