遠妙寺報 平成21年8月号

 

御教歌

われ道に すゝむ心を てらし見て
              仏は力 そへ給ふなり

 

                                                        住職 木村日覚
 努力と精進の大切さをお示しの御教歌です。
 自分自身でできることを努力してベストを尽くすのは成功の秘訣です。しかし、私たちの力には限度があります。そこで佛立信者は、御宝前に祈願するのです。その一所懸命さ、精進の心をみ仏は照らし見て力を添えてくださるとお示しの御教歌です。
 夏になると高校野球が紙面を賑わします。野球に限らず、どんなスポーツの選手も一流になるのには相当の練習をして、しのぎを削ります。プロスポーツの選手となるのには、もともとの素質が大きくものをいうでしょうが、どんな天分に恵まれていても、努力なしに一流になることはあり得ません。
 しかし、努力すれば皆が必ず報われるのかといえば、そうではありません。同じ力量を持っていても、それを認めてもらい、抜擢される人もあれば、ケガをしたり、めぐり合わせが悪くて不運な人もあります。そして又、名選手が必ず人生に恵まれるとも限りません。
 努力をしているのが報われ、人生に恵まれる人を果報のある人といいます。果報というのは、持って生まれたもので、ふつうは「運」という言葉を使います。運は偶然性を連想させる言葉ですが、果報というのは、因果の道理によって築かれたもので、また、決定していて、将来も変えられないものではありません。
 この果報を増長し、運命をよい方向に変えるには、まず第一に、正法のご信心を実践して祈願することです。さらに、自分だけ良ければ良いというのではなく、仏道を通じて人の為に尽くすこと、つまり、菩薩行に精進することが大事です。
 一般の人は努力をしていても、この精進を知りません。仏道精進は、まじめに努力する人に希望と目標を与え、何が人間にとって大切かを教えてくれます。
そしてダメがダメでなくなるご利益を頂きます。努力を重ね、また、信行に精進する人をみ仏は必ず助けてくださるのですから安心して前進しましょう。

 

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