遠妙寺報 平成21年5月号

 

 御教歌
     楽しみは さかぬ間にあり 桜花
                さけばちるてふ をしさかなしさ

 


                                                           住職 木村日覚
 満開の桜も、やがて色あせ雨風により惜しくも悲しくも散ってしまいます。いつ咲くのだろうかと心待ちにしていた時の方が良い、絶頂の時も修行の時代を忘れず菩薩行に励め、初心に返れとお示しです。
 仏といえば人格が円満、心は幸福に満ち最高の境地に到達し、悟りを開いた方です。これに対して、未完成で仏の位を目指し修行中の方を菩薩と申します。菩薩の位は、いわば仏様の卵の状態で、まだ発展途上ですが、将来は必ずみ仏の果報を頂けます。
 しかし、菩薩行が必要。菩薩行とは人助け、教化、助行、お折伏の信行ご奉公によって人を救う修行をさします。そこで、仏様と菩薩と、どちらの方が良いかという疑問に、この御教歌は仏様でさえ、果報を極め絶頂にあるときより、苦労して人を助けた菩薩の時代がお好きであるとお示しなのです。ですから仏様はじっとしていないで再び人界に生まれて菩薩行に励まれます。信心に「あがり」はなし。幸せの絶頂にあっても信心を忘れず人を助け、逆境の時は、それが信心を目覚めさせてくれると喜び、功徳を積めばお計らいを頂きます。視点を変えてみましょう。
 現代社会に目を転じますと、つい最近まで日本はまぁうまくいっていている、成熟した社会になってきていると思われていましたが幻想だったのでしょうか。かつて日本人は勤勉で教育を重んじ節度ある国民性を有していたので戦後、驚異の復興と発展をとげ有数の経済大国となりました。西欧でキリスト教が果たしたように、仏教が資本主義の後押しをして潤沢な良質な労働力を提供しました。しかし、この時点で大事な文化や伝統、宗教、先祖を切り捨て、経済至上のやり方でまいりました。今、経済問題、社会問題、環境問題で壁に突き当たっているのは、今までの姿勢を変革するよう私たちを超えた大いなる存在に要請されているとしか思えません。ここで社会が方向転換すれば実は大きなプラスです。佛立信者もここで方向転換、信心改良し初心に返り教化と法灯相続に本気で励み、果報を頂くことが肝心です。
 

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