脳出血から奇跡の回復

 
                           遠妙寺所属 大木優子

 

 このたびは私の夫、彰信師がお計らいをいただいたことを御宝前様に感謝申し上げます。
 私達の頂きました御利益談のごひろうを申し上げます。

 それは彰信師の父親がなくなり二週間程だった三月七日の午後八時頃だったと思います。お寺から電話があり彰信師が事務局の部屋で倒れたので病院に連れていくので、保険証を持って来てほしいとの電話でした。
 
 電話の様子ではそれほど私はたいしたことではないと思ったので、長男に保険証を届けてもらい家に居ました。30分後に長男から私もくるように連絡があり、あわてて大塚病院へ行って見ると、小川彰孝師と、お寺のHさんと、新入信者のKさんがとても心配した様子で御題目を唱えていました。

 処置室から彰信師がベッドに寝たままICUにはこばれ主治医の先生から「話があります」と言われました。その頃、御導師の奥様が夜10時頃だったと思いますが、ICUの待合室にいらっしゃって、今お寺で御導師と御教務方全員と寺族で彰信師の当病平癒のお助行をしてくださっているので、私もここで、ご祈願しなさいと言われました。こんなに遅い時間に皆様お疲れなのにお助行なんて申し訳ないと思いつつ必死で私も御題目を唱えました。

 先生のお話では「脳の血管が切れて出血したため、平衡感覚を失い、本人は目が回っているので、麻酔で眠らせて様子を見ましょう。このままでしたら、まず大丈夫ですが、1ヶ月入院してその後、後遺症のリハビリを行います。もし今後、出血が再びあり意識がなくなるようでしたらその場合は命にかかわります。注意は必要です」とのことでした。
 
 一段落したので11時半頃お寺に行ってみると、お助行が続いていました。こんなに夜遅くまでお助行してくださって本当に心から有難いと感謝申し上げました。御導師の奥様のお話によると「今日はKYさんのお助行のご奉公で横浜の方に出ていて、その後、事務局室でご信者のUさん親子とKさんと話をしている時に倒れたのよ。Kさんは看護婦さんで、倒れた時にHさんたちと一所懸命、看護されたので大事にいたらなかったのよ。もし車を運転していた時に倒れていたらどうなっていたか分からない」と言われました。まずは御法様のお守りが頂けたと感謝申し上げました。

 ところが翌朝のことです、朝参詣をしていると七時頃でしょうか、病院から電話で、これから手術をしないと命が危ないので、病院に来てくださいとのことでした。
「脳の中で出血した血が脳を圧迫しています。このままでは命にかかわるので頭蓋骨をはずして血のかたまりを取り除きます。もし脳が頭蓋骨におさまらないほど、はれてしまったらその時はあきらめて下さい。たとえ手術が成功しても下半身不随にはなるでしょう」という説明でした。御導師の奥様も一緒に来てくださり脳の後ろを切開し手術がはじまりました。

 お寺の御導師を筆頭に彰信師ご信者の皆様のお助行も頂き、ほんとうに何と有難いことか。病院のICUでは生死のはざまをさまよっている方が他に五人ほどおりましたが、私は幸せものだと思いました。他の方はどんなにか心細いでしょうに、私には御法様がついて下さっているし、何十人の方が、主人のことを心配してくれている。お昼一時近くになり手術は終わり「成功しました」と先生がおっしゃって心から御法様と皆様に感謝申し上げました。
 この日は開基伊達日彰上人の祥月ご命日で伊達家の御講の最中に無事手術が終わったことも全てお計らいと感得させて頂きました。

 しかしほっとしたのもつかの間、翌、9日の午後十一時頃思いもよらぬ電話が家にかかってきたのです。「御主人が危篤なので、すぐ病院に来てください」とのことでした。急いでICUに行くと、主治医の先生も家から病院に向かっている最中でした。

 もうこの時、彰信師は昏睡(こんすい)状態で心電図は波も止まりまっすぐの緑をえがいていました。私はとっさに耳元にかけより「南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経」と彰信師に聞こえるように丁寧にお唱えしました。するとどうでしょう、今までまっすぐの線だったのに波をうちはじめ意識が回復したのです。看護婦さんも驚いた顔をしてちょうど家から先生が病院に到着して、説明を受けました。

  「血のかたまりのせいで脳内に水がたまっていっぱいになり、水頭症になっています。このままでは2時間後には亡くなります。頭に穴をあけその水をとりのぞけば助かりますが、後遺症で言語障害と半身不随はしょうがないかもしれません」と言われました。

 手術をはじめる前にこれで最後の別れになるかもしれないというので親戚のおばさんも心配してかけつけてくれました。御導師の奥様もいらして下さいました。

 彰信師に、「だれがなんていったって南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経なんだからねお父さん、絶対大丈夫だよ。敬子(長女)も小さいんだから頑張ってね、お父さん」というと
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。がんばる」と言って手術室に入っていきました。

 そしてまた夜中にお寺でお助行をしていただきました。本当に夜中に申し訳ないと思いましたがそのお陰で夜中の2時前、水頭症の手術は成功しました。主人の命は助けていただけたのだと心より御法様に感謝申し上げました。しかし、2回目の手術で体力も落ちていて麻酔が切れて気がつくまでは心配とのことで、お寺では、この日も朝からずっと午後まで皆様より心からのお助行をいただきました。ほんとうに有難うございました。

 手術をした後、気がついて看護婦さんが初めて話かけ「大木さん ご職業はなんですか?」と聞いたとき「僧侶です」とはっきり答えたと聞いて目からあふれる涙がこぼれてきて、この時ほど、ご信心をしていてよかったと思うことはありませんでした。

 そして御導師さまがICUにお見舞いに見えた時がはじめてお粥(かゆ)が出された日なのですが、はしも使え、ひと口、お粥を食べた時、心から彰信師が「おいしいー。有難い。私は果報者です」と涙をこぼして御導師様に申し上げているのを私も泣きながら見ていました。
 
 その後、遠歓寺の御住職にも妙導寺の御住職にもお忙しい中お見舞い来ていただいて心より感謝申し上げます。

 おかげで彰信師の父親の四十九日、四月十日に退院することができました。すぐ彰信師は朝参詣にも出座できるようになりました。私はここまで正直、こんなに早く回復できるとは思っていませんでした。

 退院後、検査で何回か通院しましたが、病院の先生も「私も長い間大勢の患者をみているけれどこんな半身不随にもならず、後遺症もなく退院した人はみたこともない。はじめてです」と驚愕(きょうがく)しておられます。

 一昨日(5月31日)が彰信師の父の百ヶ日忌でしたが、御導師御講にも随行できるようになり、本当に御法の力は偉大だと思います。手術は成功し命は助かったものの、一時は御教務としての御奉公をもう1度させていただけるかどうかあやぶまれたのもうそのようです。
 
 私達が今日あるのは御法様と御導師さま、奥様、皆様のおかげ、お助行のおかげです。また、大勢の方からお見舞い、励ましの言葉をいただきました。このご恩は生涯忘れません。そして必ずお教化をさせて頂いて少しでもお返しできるように願っています。これからも彰信師と家族といっしょにがんばって、ご奉公させて頂くようお誓い申し上げてお礼の言葉とさせて頂きます。ありがとうございました。

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